CBAMとバイオエコノミー――炭素コストが調達・製造に与える実務影響
2026年から本格課金が始まるCBAM(炭素国境調整メカニズム)は、鉄鋼・セメントなど6品目のEU輸出に直接影響する。バイオ由来素材への代替がCBAMコスト削減につながるかを、実務的に整理する。
2026年からCBAM(炭素国境調整メカニズム)の本格課金が始まる。対象は鉄鋼・セメント・アルミニウム・肥料・電力・水素の6品目。EU向けに輸出する日本企業は、製品に含まれるCO2排出量を証明し、欧州排出権価格に連動したコストを支払う義務が生じる。「バイオ由来素材に切り替えればCBAMを回避できるか」——この問いに正直に答える。
CBAMとは何か:仕組みと対象品目
CBAM(Carbon Border Adjustment Mechanism、炭素国境調整メカニズム)は、EU域外で製造された製品に対して、EU内で生産された場合と同等の炭素コストを課す仕組みだ。EU規則2023/956として2023年に成立した。
目的は明確だ。EU企業が炭素価格(ETS、排出権取引制度)を支払う中で、炭素規制の緩い国の製品が安く輸入されることで生じる「カーボンリーケージ」を防ぐ。EU内の産業の競争条件を公平にする、というのが公式の説明だ。
対象品目は現時点で6品目に限定されている。
| 品目 | 主な対象 |
|---|---|
| 鉄鋼 | 鋼板・鋼管・線材など |
| セメント | クリンカー・コンクリート製品 |
| アルミニウム | アルミ地金・板・押出し材 |
| 肥料 | 窒素系肥料(尿素・硝酸アンモニウムなど) |
| 電力 | EU域内への電力輸出 |
| 水素 | グリーン水素を含む |
化学品・プラスチック・繊維はこの段階では対象外だ。ただし、欧州委員会は2026年以降の品目拡大を検討する権限を持っている。
2026年から何が変わるか
CBAMは移行期間(2023年10月〜2025年末)と本格適用(2026年1月〜)の2段階で進む。
移行期間中は、輸入者に報告義務のみが課された。四半期ごとに組み込まれたCO2排出量を申告するが、支払いは発生しなかった。多くの日本企業がこの期間に申告システムの構築を求められた。
2026年1月からは課金が始まる。輸入者はCBAM証書を購入し、製品に組み込まれたCO2排出量に相当する証書を年次で提出しなければならない。証書の価格はEU-ETSの排出権価格に連動する。
2024〜2025年のETS価格は1トン当たり60〜80ユーロで推移した。仮に80ユーロで固定した場合、EU向けに1トンの鉄鋼を輸出するとき、製造時のCO2排出量が1.8トン/t-鉄鋼であれば、144ユーロ(約2万4千円)の追加コストが生じる計算だ。
炭素コストの計算方法
CBAMコストの基本式は以下の通りだ。
CBAMコスト = 組み込み排出量(tCO2) × ETS価格(€/tCO2) − 原産国で支払済みの炭素価格
「組み込み排出量」は、製品の製造に直接使用したエネルギーからの排出(直接排出)と、製造に使用した電力の発電時排出(間接排出)の合計だ。品目によって間接排出の取り扱いが異なる。
重要なのは「原産国で支払済みの炭素価格」の控除だ。日本には現在、国内カーボンプライシングとして排出量取引制度(GX-ETS)が走っているが、カバー率・価格ともにEU-ETSより低い水準にある。このギャップがCBAMコストの実態になる。
製造プロセスのCO2排出量の証明には、第三者機関による検証が必要だ。排出量データの整備が不十分な企業は、EUが設定するデフォルト値(業界平均値、通常は実態より高め)が適用され、不利になる。
バイオエコノミーとの接点
「バイオ由来素材に切り替えればCBAMコストが下がるか」という問いには、条件付きで「下がる可能性がある」と答えられる。
接点は主に以下の3点だ。
①バイオ燃料・バイオエネルギーによる製造時排出の削減
製造プロセスでコークスの代わりにバイオマス由来の還元剤を使用すれば、直接排出量を減らせる。スウェーデンのHYBRIT(水素還元製鉄)や、日本製鉄が研究するバイオコークスはこの方向だ。ただし、バイオマスの持続可能性証明(出所・転換リスクの確認)がCBAMの文脈でも求められる。
②バイオ由来素材への製品代替
鉄鋼・セメントそのものをバイオ由来素材に代替できるケースは限られるが、部分的な代替は進んでいる。たとえば建材用の鉄鋼をCLT(直交集成板)や竹材に置き換える構造設計は、CBAM対象品目の輸出量を減らす効果がある。
③バイオプラスチック・バイオ化学品の先行適用への備え
現在CBAMの対象外だが、欧州委員会は2026年以降の品目拡大を検討している。プラスチック・化学品・繊維がリストに加わる場合、バイオ由来の製品がどう扱われるかはまだ確定していない。ただし「バイオ由来=CBAM免除」という単純な等式にはならない可能性が高い。
バイオ素材代替の限界と注意点
CBAMへの対応としてバイオ素材代替を検討する際に、見落とされがちな点がある。
LCA(ライフサイクル評価)の複雑さ
バイオマス由来の材料は、製造時のCO2排出を減らす一方、土地利用変化(森林→農地・プランテーション)による排出を生じさせる場合がある。CBAMは現時点では直接排出と電力由来排出を対象としており、土地利用変化は対象外だが、EUDRとの複合適用が将来的に想定される。
持続可能性の証明コスト
バイオマスを使っているだけでは不十分だ。EUDR(EU森林破壊規制)の対象7品目(大豆・牛肉・パーム油・木材・コーヒー・カカオ・ゴム)が製造に関わる場合、非森林破壊の証明が必要になる。この証明コストは相当な規模になりうる。
現行CBAMの対象品目とのずれ
バイオエコノミーが主な市場とする化学品・繊維・バイオプラスチックは、現時点でCBAMの対象外だ。鉄鋼・セメント・アルミニウム製造でのバイオ素材活用は技術的・経済的に制約が多い。「CBAMへの対応」という文脈でバイオエコノミーを語ることは、まだ多くの場合でピント外れになる。
実務担当者が今すべきこと
CBAMに関して、今すぐ判断が必要な問いは次の通りだ。
第1ステップ:自社のCBAM適用範囲の確認
- EU向け輸出に鉄鋼・セメント・アルミニウム・肥料・電力・水素を含むか
- これらを含む中間財・部品を輸出していないか(直接対象は当面完成品・中間財)
第2ステップ:組み込み排出量の把握
- 製造プロセスの排出量データが整備されているか
- 第三者検証に対応できる状態か
- デフォルト値適用になった場合のコスト試算ができているか
第3ステップ:バイオ素材代替の実現可能性評価
- 製造プロセスでのバイオ還元剤・バイオエネルギー利用の技術的・経済的な実現可能性
- 製品代替(バイオ素材への切り替え)による輸出品目の変化
- EUDR対応との複合コスト
「バイオエコノミーでCBAM対応」という話は、魅力的に聞こえるが、まず自社がCBAMの直接対象かどうかを確認することが先だ。対象でない場合、バイオ素材代替を急ぐ理由はCBAMにはない。
まとめ
CBAMは2026年から本格課金が始まる。対象は鉄鋼・セメント・アルミニウム・肥料・電力・水素の6品目に限られており、化学品・プラスチック・繊維は現時点で対象外だ。
バイオエコノミーとの接点は存在する。製造プロセスへのバイオ還元剤・バイオエネルギーの活用、製品代替によるCBAM対象品目の削減——これらは理論上コスト削減につながる。ただし「バイオ由来=CBAM免除」という単純な構図にはならない。持続可能性の証明コスト、EUDRとの複合対応、技術・経済的制約が伴う。
実務担当者が今すべきことは、まず自社のCBAM適用範囲を確認し、組み込み排出量データの整備に着手することだ。バイオ素材への代替はその次の選択肢として検討できる。
参照資料
- 欧州委員会, CBAM規則 No 2023/956(2023年5月発効)
- 欧州委員会, CBAM移行期間実施規則 No 2023/1773
- 欧州委員会, Carbon Border Adjustment Mechanism(CBAM公式ページ)(2024年)
- GX推進機構, GX-ETS制度概要(2024年)