米国はバイオ製造の旗を降ろしたのか——撤回された大統領令と、続いている中身
2022年の大統領令は2025年に撤回されました。ただし「バイオ製造を国内で育てる」という関心は消えていません。何が変わり、何が変わっていないのか。看板(大統領令)、法律、予算、市場を分けて整理します。
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「米国は、バイオ製造の旗を降ろしたのか」。2025年に、バイデン政権のバイオ関連の大統領令が撤回されたと聞くと、そう思う人もいるでしょう。しかし、実際に起きたのは別のことです。この記事では、撤回された「看板」と、その後も動いている「中身」を分けて見ます。読み終えると、米国の発表を、大統領令・法律・予算・市場という4つの段階で読み分けられるようになります。
2022年:気候だけでなく、安全保障も並んでいた
2022年9月12日、バイデン政権は大統領令14081号に署名しました。大統領令とは、大統領が行政府に出す命令です。法律と違い、議会の可決を経ません。次の政権が撤回することもできます。
題名は「Advancing Biotechnology and Biomanufacturing Innovation for a Sustainable, Safe, and Secure American Bioeconomy」です。バイオ製造とは、微生物や酵素などを使って、化学品、素材、食品原料などを工業的に作ることを指します。
この命令の第1節は、目標として、健康、気候変動とエネルギー、食料安全保障と農業、サプライチェーンの強靭化、経済・国家安全保障を挙げていました。つまり、安全保障は2022年の時点で目標に入っていました。命令は「National Biotechnology and Biomanufacturing Initiative」を設け、複数の省庁に報告書の作成などを求めました。
2025年:撤回されたのは何か
2025年3月14日、トランプ大統領は大統領令14236号に署名し、前政権の大統領令などを撤回しました。連邦官報の本文は、撤回対象を(a)から(r)までの18項目として挙げており、その中に14081号が含まれます。14236号の本文は、撤回の理由を「連邦政府に常識を取り戻す」ためと述べています。14081号の代わりになる命令は、この文書には書かれていません。
ホワイトハウスは同日のファクトシートで、14081号を、環境政策を名目に、急進的なバイオ・バイオ製造の取り組みへ連邦の資源を流し込んだものとして説明しました(趣旨の要約です)。これは政権側の主張です。本記事は、この評価の当否を判断しません。
本記事の整理として、撤回されたのは2022年の調整の枠組みと、その気候・環境の語り方です。バイオ製造そのものを否定した、とは読めません。理由は次の章で述べます。
その後:安全保障の枠組みで進むもの
撤回後も、安全保障の文脈では動きが続いています。確認できたものを、大統領令・法律・予算・市場の4段階に加えて、勧告・審議中の法案・戦略文書も含めて分けます。
1. 議会の勧告(法律ではない)
NSCEB(国家安全保障新興バイオテクノロジー委員会)は、議会調査局(CRS)によると、立法府に置かれた独立の超党派委員会です。2025年4月8日、最終報告書を公表しました。議会調査局(CRS)によると、勧告は49項目で、5年間で最低150億ドルをバイオ技術に投じることを求めています。これは委員会の勧告です。予算が決まったわけではありません。
2. 成立した法律
2025年12月18日に、2026会計年度の国防授権法(NDAA)が署名されました。Goodwin法律事務所の解説によると、この法律には次の内容が含まれます。
- 国防総省にバイオテクノロジー管理室を設け、国防バイオ戦略をつくらせる
- 「懸念のあるバイオ企業」からの調達を制限するBIOSECURE法
Goodwinは、これらの規定がNSCEBの勧告に由来すると説明しています。
国防授権法は、国防総省に何をさせるかを定める法律です。支出の権限は示しますが、それだけで予算が付くわけではありません。
3. 国防総省の既存の投資
GAO(米国会計検査院)の2026年2月26日の報告書によると、国防総省は3つの施策に計9億6,520万ドルを投じています。GAOは、研究室から商業生産へ進めるための試験規模の設備が足りないとも指摘しています。GAOの報告書の時点(2026年2月)で、国防総省は3施策のうち2つを、2027〜2028会計年度に終える計画でした。
ここで注意が要ります。バイオ製造の拠点機関BioMADEの予算上限は、2023年3月に8,750万ドルから5億ドル超へ引き上げられました。これはバイデン政権期の決定です。「撤回後に安全保障路線で増えた」と読むのは誤りです。
4. 審議中の法案
米下院は2026年4月30日、「Farm, Food, and National Security Act of 2026」を224対200で可決しました(米国農業連盟などの報道による)。この法案は、農務省にバイオテクノロジー政策の調整を担う部署(Office of Biotechnology Policy)を設けるとされています。上院の動きは、本記事の作成時点では確認できていません。成立は確認できません。
5. 戦略文書(4段階には当てはまりません)
ホワイトハウスが2026年に公表した「National Security Science and Technology Strategy」は、長期的な技術の強靭化を図る分野の例として、AI・自律技術、バイオテクノロジー、量子情報技術を挙げています(KPMGの解説による)。同戦略はバイオ製造や生物監視にも触れていますが、産業づくりだけを指す文書ではなく、安全保障上の位置づけです。
まだ確認できないこと
次の点は、2026年10月2日時点で確認できていません。
- 150億ドルの勧告が、予算として実現するかどうか
- 農業法案が上院を通り、成立するかどうか
- 国防総省の投資が、民間の商業生産や売上につながったか。GAO自身が、試験規模の設備不足を課題としています
- 撤回後に、気候・サステナビリティ目的のバイオ製造支援が、どれだけ縮小したか
本記事の整理として、政策の発表、法律、予算、実証設備、市場の成立は別々の段階です。ここまでに確認できたのは、主に発表と法律の段階です。市場の成立は確認できていません。
日本への含意:現時点では判断できない
日本企業に何が追い風になるか、という判断は、現時点ではできません。理由は3つあります。
第一に、BIOSECURE法による調達制限は、「懸念のある企業」の指定が実際にどう進むかで影響が変わります。この記事では、指定の中身を確認できていません。第二に、国防総省の支援が外国企業の参画を想定しているかどうか、確認できていません。第三に、法案や勧告の多くが、まだ予算になっていません。
比較の材料としては、中国の動きを整理した中国のバイオものづくり政策や、日本側の戦略を扱った日本のバイオエコノミー戦略があります。
まとめ
米国では、2022年の大統領令が2025年に撤回されました。しかし、国内でバイオ製造を育てるという関心は、国防の法律や投資の中で続いています。2022年の命令も、安全保障を目標に含んでいました。変わったのは、気候・環境という語り方と、調整の枠組みです。「軸足が移った」というより、「安全保障の比重が高まり、気候の語りが退いた」と読むのが、確認できた範囲では妥当です。ただし、気候・サステナビリティ目的の支援がどれだけ縮小したかは、確認できていません。
発表を読むときは、大統領令、法律、予算、市場の4段階のどこにあるかを確かめてください。米国の現状は、法律まで進んだものと、勧告や審議中のものが混ざっています。
参照資料
- Federal Register, Vol.90, No.53(2025年3月20日).「Additional Rescissions of Harmful Executive Orders and Actions」(大統領令14236号。14081号を撤回対象に列挙). govinfo.gov
- The White House (Biden Administration Archives).「Executive Order on Advancing Biotechnology and Biomanufacturing Innovation for a Sustainable, Safe, and Secure American Bioeconomy」(2022年9月12日、一次情報). bidenwhitehouse.archives.gov
- The American Presidency Project (UCSB).「White House Fact Sheet: President Donald J. Trump Rescinds Additional Harmful Biden Executive Orders」(2025年3月14日、ホワイトハウス発表の転載。政権側の主張の確認に使用). presidency.ucsb.edu
- Congressional Research Service, IN12546.「National Security Commission on Emerging Biotechnology: Final Report and Options for Congress」(2025年4月、議会調査局の解説). everycrsreport.com
- U.S. Government Accountability Office, GAO-26-107797(2026年2月26日、国防総省のバイオ製造に関する報告書). gao.gov
- Goodwin.「Final FY 2026 NDAA Includes BIOSECURE」(2025年12月、法律事務所による解説。二次情報). goodwinlaw.com
- BioMADE.「BioMADE Receives $450M Budget Increase」(2023年3月7日、BioMADE自身の発表). biomade.org
- American Farm Bureau Federation.「House of Representatives Passes 2026 Farm Bill」(2026年、農業団体の報道。下院の可決日と票数の確認に使用). fb.org
- The Breakthrough Institute.「2026 House Farm Bill Advances Innovation Priorities, but Senate Action Still Needed」(2026年、研究機関による解説。法案が設けるとされる農務省の部署と、上院の審議待ちの状況の確認に使用). thebreakthrough.org
- KPMG.「White House National Security Science and Technology Strategy」(2026年、戦略の解説). kpmg.com