SAFはなぜ供給目標を達成できないのか——政策目標と実際の生産量の間にある制約
日本は2030年までに航空燃料の10%をSAF(持続可能な航空燃料)に置き換える目標を掲げていますが、実際の国産供給量はまだ限定的です。原料調達・設備能力・投資判断の期限という3つの制約から、供給目標達成の条件を整理します。
バイオエコノミーの最新の動きは Xでも追っています →
日本は2030年までに国内航空会社が使用する燃料の10%をSAF(持続可能な航空燃料)に置き換えるという目標を掲げています。しかし目標を掲げることと、その量を実際に生産できることは別の問題です。原料調達・設備投資の判断期限・価格差という3つの制約が、供給目標の達成をどこまで難しくしているのかを整理します。
SAFとは何か、なぜ必要とされるのか
SAF(Sustainable Aviation Fuel、持続可能な航空燃料)は、廃食油・農産物残渣・藻類などの生物由来原料や、二酸化炭素と水素を合成して製造する航空燃料です。航空機は電動化が難しい輸送分野であるため、既存のジェットエンジン・燃料供給インフラをそのまま使いながら燃料そのものを置き換えるSAFが、航空業界の脱炭素化の柱として位置づけられています。
日本の目標と、国内プラント計画の現状
日本は2030年までに、国内航空会社が使用する燃料の10%をSAFへ置き換えるという目標を掲げています。この目標に向けて、国内の石油元売り各社がSAF生産設備の建設・改修を進めています。コスモ石油は、堺製油所の構内に廃食用油を原料とする国内初の量産規模のSAF製造設備を建設し、2024年12月に完工、2025年3月6日に竣工式を開きました。同社は2025年3月の発表で、年間約3万キロリットルを2025年4月頃から航空会社へ供給する計画を示し、2025年8月にはアラスカ航空との売買契約を発表しました。2026年7月には東京都が、コスモ石油マーケティングの国産SAF供給に対する助成(単価上限1リットル200円、数量450万リットル)を発表しています。ENEOSは、石油需要の減少を受けて2023年に精製を停止した和歌山製油所(和歌山県有田市)の跡地を活用し、三菱商事・TotalEnergiesと共同で廃食用油等を原料とする年産約40万キロリットルのSAF生産設備の事業化調査・設計を進めており、2028年度の稼働開始を目指しています。出光興産は徳山事業所(山口県周南市)で、廃食油・獣脂等を原料とするHEFA技術による年産25万キロリットルのSAF製造プロジェクトの事業化調査(FS)を完了し、基本設計(FEED)へ移行、2028年度の完工・運転開始を目指しています。太陽石油は沖縄事業所で、バイオエタノールを原料とするATJ(アルコール・ジェット)技術による年産約20万キロリットルのSAF製造を計画しており、2026年内の最終投資決定(FID)に向けて基本設計を進め、2029年の製造開始を目指しています。
国内で量産規模の設備が完成し、供給に入っているのは、確認できる範囲では、コスモ石油の堺製油所(年約3万キロリットル規模)だけです。ENEOS・出光興産・太陽石油の計画はいずれも計画段階または建設前の段階で、これらを合わせても、2030年に国内航空会社の燃料の10%を置き換えるという目標の規模に届くかどうかは、現時点では確認できません。政府はGX経済移行債を活用し、5年間で約3,400億円をSAF製造設備への投資支援に充てる方針を掲げ、生産量に応じて1リットルあたり30円の法人税減免も導入しています。
原料制約——廃食油だけでは足りない
現在計画されている国内SAFプラントの多くは、廃食油や動物性・植物性の廃棄脂肪を水素化処理するHEFA(水素化処理エステル・脂肪酸)という製法を採用しています。この製法は技術的に確立していますが、原料となる廃食油の国内発生量には限りがあります。廃食油は家庭・外食産業・食品工場から発生しますが、回収体制が整っていない地域も多く、既存の飼料・工業用途とも原料を奪い合う関係にあります。国内の廃食油だけで年産40万キロリットル級のプラントを複数稼働させるだけの原料を安定確保できるかは、公開情報からは明確でなく、海外からの原料輸入や、農産物残渣・藻類など廃食油以外の原料調達ルートの確立が並行して議論されています。
つまり、SAFの供給量を制約しているのは製造設備の有無だけではなく、その手前にある原料調達の量と安定性です。設備が完成しても、原料が確保できなければ稼働率は計画通りに上がりません。
投資判断の期限という時間的制約
SAFプラントの建設には2年半〜3年程度を要するとされています。加えて、GX経済移行債による支援措置には適用期限があります。この2つを踏まえると、2030年に国産SAFの大規模供給を実現するためには、遅くとも2026年末頃までに各社が最終投資決定(FID:Final Investment Decision)を行う必要があるとされています。
これは単なる努力目標ではなく、逆算すると「今から投資判断をしても間に合うかどうかの境界」に近い時期にあるという意味です。2026年末までにFIDに至らないプロジェクトが多ければ、2030年目標の達成はその時点で構造的に難しくなります。
価格差は誰が負担するのか
SAFは既存の化石燃料由来のジェット燃料よりも製造コストが高く、その差額を誰が負担するかは供給拡大の実務上の焦点になっています。現時点で日本国内では、生産量に応じた法人税減免という形で製造側への支援が先行しており、航空会社・旅客側にどこまで価格転嫁されるか、あるいは義務化によって需要側が一定の負担を受け入れる制度設計になるかは、今後の制度整備の進み方によって変わります。「SAFの価格差は生産技術が成熟すれば自然に縮まる」という期待だけで説明するのではなく、誰がどの段階でコストを負担する設計になっているかを、確認できる範囲で分けて見る必要があります。
政策目標を成果と混同しない
「2030年に10%」という数字は政策目標であり、実際の供給実績ではありません。原料調達の見通し、投資判断の期限、稼働開始後の実生産量、価格差の負担構造——これらが確認できて初めて、目標がどこまで達成可能かが見えてきます。国内プラントの多くが2026〜2028年に建設・稼働開始の見込みであることを踏まえると、実際の生産量が目に見える形で確認できるのは早くても2027年以降になります。それまでは、プラント計画の進捗(着工・FID・稼働開始)と、政策目標の達成率を分けて追う必要があります。
まとめ
日本のSAF供給目標の達成は、製造設備の建設計画だけでなく、原料調達の安定性、2026年末頃という投資判断の期限、価格差の負担構造という複数の制約に左右されます。政策目標の数字と、実際に稼働し供給されている量は別のものであり、この区別を保ったまま今後のプラント稼働状況を確認していく必要があります。
参照資料
- 資源エネルギー庁 資源・燃料部 燃料供給基盤整備課.「持続可能な航空燃料(SAF)に関する取組の現状」(2026年4月17日). meti.go.jp
- コスモエネルギーホールディングス.「国内初となる国産SAF大規模製造設備の竣工式を開催」(2025年3月7日発表、事業者自身の発表). cosmo-energy.co.jp
- コスモエネルギーホールディングス.「コスモ石油マーケティングとアラスカ航空がSAF売買契約を締結」(2025年8月29日発表、事業者自身の発表). cosmo-energy.co.jp
- 東京都.「国産SAF利用促進事業」の採択事業者と助成内容の発表(2026年7月29日、助成を行う側の発表). metro.tokyo.lg.jp
- 日本経済新聞.「ENEOSと三菱商事、和歌山でSAF設備の設計 28年度稼働」. nikkei.com
- 出光興産株式会社.「徳山事業所におけるHEFA-SAF製造プロジェクトのFEED移行について」. idemitsu.com
- 日本経済新聞.「太陽石油、沖縄でSAFに2000億円投資 輸出基地にも」. nikkei.com
- 日経ESG.「SAF義務化へ、元売り大手が供給競う」. project.nikkeibp.co.jp
- メガソーラービジネス(日経BP).「SAFの大規模製造、経産省が4社の設備投資に補助金」. project.nikkeibp.co.jp